Viola Dream

さようなら、スターレット

 今回は、すみれとは関係のないお話である。でも、私にとっては大切な相棒の
話・・・
 2006年3月5日、日曜日の夜8時過ぎ、日産ティーダの新車購入契約書にサイン。
この瞬間、14年間連れ添った私の愛車、スターレットの引退が決まった。

 1992年6月25日、それは私と妻の誕生日の翌日のこと。新婚間もない我が家へや
ってきた車、スターレット。1989年モデルで、中古車での購入だった。実は、スターレ
ットは好きな車ではなかった。別の車を希望していたのに、妻の父が仲介してくれた
お店の勧めで仕方なく、といったところだった。しかし、この車はマニュアルトランスミ
ッションのギヤチェンジが実にスムーズで、私の思うとおりに走ってくれた。何年か乗
るうちにすっかり気に入ってしまい、仕事仲間からは『白のリムジン』との愛称をもら
った。

 私は普段、ほとんど車に乗らない。乗るのは主に魚釣りか旅行のときであるが、こ
の車で東は静岡県、西は山口県、南は和歌山県、北は新潟県まで行った。静岡県
では家族全員で富士山登頂を果たし、最高の気分だった。山口県では神秘的な洞
窟で、コウモリの声に感動した。和歌山県では素晴らしい海の幸を楽しんだ。新潟県
では震災ボランティアの経験も積ませていただいた。遠かったなあ、新潟。車内で寝
ようとしたが、狭くて眠れたものではなかった。フェリーに乗せて北海道へも行った。
幼い子供二人を妻の実家に預け、仕事を放り出して夫婦で1週間、遊び呆けたっけ。
宿も予約しない、行き当たりばったりの旅はとても楽しかった。

 混まない道を走る上に長距離ドライブが多かったので、燃費は良かった。私は凝り
性なので、給油量と走行距離は全て記録してある。その記録を見ると、この3年間の
平均燃費は17.6km/Lであった。20km/Lを越えたこともあった。今時のエコカーに匹
敵するレベルである。

 子供たちの初登園や初登校の際、記念写真のバックを飾るのはいつもスターレット
だった。小さかった長男と長女は、いつしかスターレットの背を抜き、車内もすっかり
狭くなった。
 思い出の数々は、挙げればきりがない。車体に付いた傷の一つ一つにも思い出が
ある。助手席にパソコンを"座らせたまま"、急ブレーキを踏んでしまい、ダッシュボー
ドにパソコンが激突して青くなったこと(パソコンは無事だった!)。交差点で左折す
る前車に追突し、修理した左のヘッドライト(でも、今ではゴールド免許)。琵琶湖の
ほとりに住む者の義務として、なるべく水を汚さないようにワックスがけは1年に1回と
決めていた。仕事仲間からはオンボロ車呼ばわりされたけれど、車内はいつもきれ
いに掃除してピカピカだった。

 ハプニングも多かった。2002年4月には、新車を購入したばかりの隣人が駐車する
際、その新車を私のスターレットにぶつけてくれた。隣人はきちんと謝りに来たし、も
ちろん、私も咎めはしなかった。スターレットのすぐ隣にはゴミ集積所がある。それを
知っている仕事仲間は、隣人が私の愛車をゴミと間違えてぶつけてしまったのだ、と
笑った(ひどいよね!)。 その年の車検では、あちこち修理が必要だった。子供達は
スターレットが重症だと聞かされて、可哀想だと涙ぐんだ。

 そして、パンク。パンクと言っても、釘を踏んだとか縁石に乗り上げたのではない。
ある朝、我が愛車は駐車場で、前につんのめるような姿勢をとっていた。右の前輪
がパンク。すぐ近くのガソリンスタンドで見てもらったら、空気を入れるバルブのゴム
が劣化して割れていた。その1年ほど後のこと。今度は後ろにのけぞるような姿勢を
とっていた。今度は、後輪二つがパンク。原因はやはりバルブのゴムの劣化。長い
年月は、私の愛車を静かに、しかし確実に蝕んでいた。

 そして今年の夏。家族で富士山へ行ったときのこと。真夏の朝、狭い車内に5人乗
車。クーラーをつけるといつもならすぐに冷えてくるはずが、30分走っても暑いまま。
送風口に手を当てても冷たい風が出て来ない。冷却ガスが漏れてしまったようだ。仕
方がないので窓を全開に。走行中はまだしも、渋滞中は蒸し風呂状態。もちろん、高
速道路を走行中は会話もできない。ゴムや樹脂は時間が経てば劣化する。経時劣
化は金属も例外ではない。我が愛車にも寿命がきたことを、ひしひしと感じた。

 ティーダの購入でお世話になった日産のIさんによると、日産サティオ守山店では、
納車の時に新車を囲んで記念撮影をしてくださるそうな。嬉しい瞬間ではあるけれ
ど、それは同時に別れのときでもある。今、こうしてエッセイを書いていても、別れの
瞬間を想うとパソコンの画面が滲んで見えなくなる。

 新車購入契約書にサインした夜、深夜にふと目が覚めた。外では静かに雨が降っ
ていた。翌朝もまだ雨だった。昨夜よりも強く降る雨の中、スターレットはしょんぼりと
うつむいているように見えた。私は普段、徒歩か自転車通勤なのだが、その朝は車
で行くことにした。
新しいティーダが納車される日は、晴れているといいな。でも、やっぱりその日は雨
が降るような、そんな気がする。ティーダは新車だし、"お手入れ不要のボディーコー
ト"なるものを施してあるので、雨が降ってもきれいなことだろう。でも私の古い相棒
は・・・。琵琶湖には申し訳ないのだけれど、最後にもう一度、もう一度だけ、愛車に
ワックスを精一杯、丁寧に掛けてやろうと思う。

2006年3月7日

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