Viola Dream

すみれと仲間

 2005年8月4日の朝に滋賀県を出発し、高速道路を愛車でひた走って、その日の午
後には富士宮口5合目に到着した。家族4人と妻の父親の、合わせて5人のパーティ
ーでの富士山登山が始まった。午後3時前に登り始めて2時間半、ようやく私たちは7
合目に辿り着き、山小屋に宿泊した。夜の星空は実に美しく、久しぶりに天の川を見
た。

 翌朝は5時前に起床して、御来光と影富士に感動した。7時前に出発し、頂上を目
指した。9合目付近で長男が高度障害、いわゆる高山病の症状を訴えたものの、午
前10時に全員揃って日本最高峰、剣が峰に立つことができた。そのあとは1時間ほ
どかかってお鉢めぐりをし、ちょうど3時間かかって午後4時過ぎに5合目まで下山し
た。

 今回の登山は天候にも恵まれた。初日の5合目から7合目までの登りは曇ってお
り、涼しかった。翌朝は晴れて、山頂からの景色は最高にきれいだった。風は強かっ
たが、下から吹き上げるようなその風は、まるで疲れた体を押してくれているようだっ
た。高山病にならぬよう、下界の森から酸素を送ってくれているような気もした。下山
し始めるとまた曇ってきて涼しかった。不思議なことに、行きも帰りも高速道路から富
士山は全く見えなかった。雲と靄に包まれて、何も見えなかった。そのことが富士山
をさらに神々しく感じさせた。

 実は今回の登山行の前に、昨年8月と今年の7月に計画していながら天候不良で
順延を余儀なくされていた。子供達は成長期で、長女は靴を買い換える羽目にもな
った。私の仕事柄、夏は毎日忙しくて休暇を取ることは容易でない。しかし、土日の
富士山の混雑はうわさに聞いていたので、どうしても平日に行こうと考えていた。8月
2日、すなわち出発の2日前に富士山の天候が良さそうなことを確認し、急遽、職場
の仲間に仕事を任せて、休暇を取ることにした。快く引き受けてくれた同僚に深く感
謝する。

 富士宮口5合目はほぼ森林限界で、7合目まで来ると植物の種類もめっきり少なく
なる。すみれの仲間は生えていなかった。その一方でイワツメクサの白い小さな花
は、清楚で美しかった。花こそ咲かせていなかったものの、剣が峰の山頂付近にも、
イワツメクサは岩陰に根を下ろしていた。この個体がおそらく日本最高地点の植物で
あろう。

 私はすみれの仲間が好きである。すみれの仲間には多くの愛好者がいる。高山植
物の愛好者も多いだろう。しかし、これら愛好者の多くは美しい花に魅せられている
のであって、花の美しくない植物は振り向いてもらえないことが多い。私もまた然りで
ある。

 富士山は日本一の山であるし、その山の頂きに家族全員で登れたことは大きな喜
びであり、感動であった。しかし、下山する中で、次第に数も種類も増えていく植物た
ちを見て、はっとした。すみれの仲間以外にも、素敵な植物がなんと多いことだろう。
すみれの仲間と言えば、狭義ではすみれ属になるが、その他の草花者たちも同じ植
物であり、広義ではすみれの仲間と言えるのかも知れない。帰りの車中で、これら富
士山の植物たちの写真をほとんど撮影しなかったことをとても後悔した。

 最初に書いたように、私は家族5人のパーティーで登頂した。パーティー、すなわ
ち、仲間の存在は大きかった。体力に劣る妻を子供たちも含めて皆が応援し、へば
った妻や高山病に苦しんだ長男の荷物を他の仲間で分担して運んだ。また、下山し
てくる途中、9合目で初老の男性に声を掛けられた。その男性は独りで登っておられ
た。頂上を目前にして彼は体力の限界だったようで、私としばらく話をした後、下山を
決意された。彼がもし、仲間と登っていたなら、その結果は違っていたのではなかろ
うか。

 今回の富士山登山では、『仲間』という言葉を改めて考えさせられた。家族、職場
仲間、そしてすみれの仲間。皆に感謝したい。今、私の研究チームでは、次代を担う
若者を二人預かっている。感謝の意を込めて、これからも彼らをビシバシ鍛えてあげ
ることにしよう。

2005年8月16日

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