Viola Dream

すみれの心

 すみれは見るからに淑やかな花だと思う。姿かたちも色合いも控えめな印象を受
ける。野の片隅にそっと咲いている、と言った表現が良く似合う花である。私はすみ
れにも心があると信じているが、彼女たちは春の陽だまりの中でいったい何を想うの
だろうか。

 私は大学時代、植物の病気について学んだ。それまでの私にとって植物とは、同じ
場所でじっとしているおとなしい生物と言う印象であった。大学に入る前から植物に
も病気があることは知っていた。植物が虫にかじられるのも見ていたが、いずれにせ
よ、植物は病原菌や虫たちからの攻撃に対して、じっと耐えているだけだと思ってい
た。植物は動物と違って受動的に生きているのだと信じていた。

 大学での授業がそれまでの私の植物に対するイメージを一変させた。病原菌や虫
たちにされるがままだと思っていた植物は、我々動物以上に外敵の攻撃に対して活
発に反応していたのである。まさに目に見えない世界での激しい攻防が繰り広げら
れていたのだ。

 植物は微生物の侵入や虫による食害に対して、迅速に反応する。攻撃を受けた部
位ではただちに防御のための様々な反応が生じる。例えばファイトアレキシンと総称
される強力な毒物を合成することで微生物を殺したり、あるいは感染した部分が自ら
死ぬことで微生物が体内で広がることを食い止める。植物は動物と違って体の一部
が死んでも個体としての生存には問題がないから可能な芸当である。

 植物の生体防御は外敵から攻撃を受けた部分だけにとどまらない。ちょうど人間の
ワクチン接種のように、植物は体の一部に攻撃を受けただけで全身に"警報"を行き
渡らせて、次に来る侵入者に備えることもできる。さらには、攻撃を受けた植物が周
囲の仲間にシグナルを送り、その結果、仲間たちは攻撃を受ける以前に防御用の毒
物を合成し外敵からの攻撃に備えることもある。

 私たちの身の回りには多くの微生物が存在するが、私たち人間や植物は簡単に病
気になることがない。これは、人間にも植物にも、自分の体を外敵の侵入から守るた
めのシステムが備わっているからである。そして、動物と違って移動できない植物
は、絶え間ない外敵からの攻撃に対して逃げるのではなく敢然と戦っているのであ
る。

 植物の生体防御について詳しく知りたい方は、以下のHPを参考にしていただきた
い。 
http://gtcw3.aist-nara.ac.jp/sano/index.html
 その他にも、植物の防御応答、生体防御、抵抗反応、抵抗性付与、ファイトアレキ
シン、エリシター、サプレッサーと言ったキーワードで検索すればさらに多くの情報を
得ることができる。

 さて、こうしてみると野や山に穏やかな風情で咲いているすみれたちの姿も違って
見えてくる気がする。すみれの葉にあいた穴や傷は、微生物や虫たちの攻撃を退け
たあかしであり、勝利の勲章とも言える。春風に揺られてのんびり咲いている様子を
見ていると心が癒されるが、すみれは決してのんびりなどしていない。

 人もまた同じであると思う。まるで悩み事のない顔をしている人でも、心に重い悩
みを抱えているものである。昨今話題のバウリンガル、ミャウリンガルと言った犬や
猫の言葉を翻訳する機械のように、すみれの心が読めればきっと面白いであろう。し
かし、その前に同属である人間の、家族や同僚の心を理解することが先だと思う。と
は言っても、言葉でいうほど簡単ではない、と感じる今日この頃である。

2004年1月31日

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